先日、知的財産高等裁判所において、美容医療サービスにおける特許権侵害を認める判決が下されました(令和5年(ネ)第10040号)。この判決は、医師がクリニック内で行う薬剤の調合・使用行為が特許権侵害に該当し得ると判断した点で、自由診療を中心とする医療現場に大きな影響を与える可能性があります。弊社は、この訴訟対してパブリッコメントを提出しました(詳細リンク)。
今後への影響ポイント
1.診断治療以外の目的の医療行為(美容など)では、「医療行為は特許権侵害に該当しない(特許法69条3項)」という除外規定は該当しない。今後、再生医療などにおける疼痛治療目的を含む、自由診療全体において、特許権侵害が争点となる可能性が検討されるだろう。
2.医療機関内で医師が調合する行為、例えば、患者から採血した血液を遠心分離して生産する行為は、医薬の製造行為に該当し、特許権の対象となりうる。医薬や医療行為の範囲次第だが、保険診療であっても特許権の対象となるリスクも否定的できない。
判決の概要と注目すべきポイント
本件は、豊胸用組成物に関する特許権を持つ企業が、当該組成物を用いた美容医療サービスを提供していた医師を訴えたものです。注目すべきは、裁判所が以下の点を認定したことです。
- 医師による薬剤の「調合」も特許発明の「生産」に該当し得る: 医師が複数の薬剤を混合して特許発明の組成物を製造する行為は、特許法上の「生産」と見なされ、特許権の効力が及ぶと判断されました。これは、自由診療はもちろん、保険診療でも同様です。医薬や診療の定義次第ではありますが、患者へ投与する医薬の調合(特許権が設定されている注射液の混合行為がある場合、つまり薬剤Aと薬剤Bを医療者が現場で混合する行為自体)が、この調合行為が医療行為の一部とみなされない場合は、保険診療であっても、特許権侵害となるリスクになります。
- 美容目的の組成物は「医薬」の免責対象外: 特許法には、医師の処方せんによる調剤行為等について特許権の効力が及ばないとする規定がありますが、本件の美容目的の組成物はこれに該当しないと判断されました。美容医療は、身体的な変化による心身の健康に資する要素もあります。弊社からの意見書では、「医薬」の定義を薬機法の広範な概念(医薬品、医療機器、再生医療等製品を含む)と捉え、美容医療も治療行為の範疇に含まれるとし、本件発明の各成分が「医薬」に該当すると主張しました。一方、判決は、本件発明が美容目的であることから、「人の病気の診断、治療等」を目的とする「医薬」の発明には当たらないと判断しました。 裁判所は、特許法69条3項の「医薬」の文言解釈をより限定的に行い、美容目的の発明をその範囲外と判断したと考えられます。
美容医療以外の自由診療(PRP療法などを活用した疼痛治療など)への影響
この判決は、美容医療分野に留まらず、PRP(多血小板血漿)療法を用いた疼痛治療や、その他の再生医療技術など、自由診療全般に影響を及ぼす可能性があります。
- 再生医療における特許リスク: 患者自身の血液や細胞を加工して治療に用いる再生医療においても、その調製方法や特定の成分との組み合わせが特許で保護されている場合、医療機関内での調製行為が「生産」と見なされ、特許権侵害に問われるリスクが考えられます。
- 特許調査とライセンスの重要性: 自由診療を提供する医療機関は、使用する技術や薬剤に関連する特許の存在を十分に調査し、必要に応じて適切なライセンス契約を締結することの重要性が増しています。
保険診療と混合診療の文脈における影響:自由診療分野の特許戦略と情報公開の必要性
- 混合診療議論への間接的影響:
- 混合診療の議論は、保険診療と保険外診療(自由診療)をどのように組み合わせるかという点が核心です。本判決は自由診療部分の法的リスクを顕在化させたと言えます。
- もし将来的に混合診療が拡大する場合、保険外診療部分で用いられる技術や薬剤の特許権の取り扱いが問題となる可能性があります。例えば、特許技術を用いた高額な自由診療を保険診療と組み合わせる場合、その費用負担や技術の妥当性について、より慎重な検討が求められるでしょう。
- 情報公開と透明性の確保:
- 患者側から見れば、自身が受ける医療(特に自由診療)がどのような法的根拠(特許ライセンスの有無など)に基づいて提供されているのか、情報が十分に開示されることが望まれます。
- 本判決は、医療機関側に対し、使用する技術や薬剤に関する権利関係を明確にし、患者に対して適切な情報提供を行うことの重要性を間接的に示唆しているとも言えます。これは、医療の透明性確保という観点からも重要です。
今後の展望
本判決は、医療現場における知的財産権の重要性を改めて浮き彫りにしました。これは、単に法的リスクを回避するというネガティブな側面だけでなく、優れた技術を正当に評価し、さらなるイノベーションを促進するというポジティブな側面も持ち合わせています。
弊社は、この判決を重要な教訓とし、医療技術の開発者と医療現場の橋渡し役として、日本の医療イノベーションが健全に発展し、最終的には患者様により良い医療が提供される社会の実現に向けて、より一層貢献してまいります。
